“素 直”  『抱きしめたくなる10のお題』より


暦の上…どころか、
各地から桜の開花という知らせまで届く、弥生の終わり。
目映い陽射しや菜の花の黄色、
パッと飛び立つ小鳥の影などなどから、
春の訪れを実感したくなる今日このごろの筈なのに。
そんな気分を挫くよに、
唐突に真冬並みの寒さが舞い戻るのが、
今年の冬将軍の意地悪なところで。

 「うあ…っ。」

ついつい声が出てしまうほどの強襲、
強さと冷気を乗っけた風が、
突然ぶわっと吹きつけて来たものだから。
駅の改札、出たばかりの身がついのこととてその場で止まる。
ショッピングプラザとつながっている、歩道橋の上への取っ掛かり。
こんなところで立ち止まっていたら、
後に続く人の迷惑かもとハッとしたものの。
周囲に居合わせた人たちも、
まま似たような状態でフリーズしていたので、
文句の出ようもなかったが、

 「ひゃあ〜っ、寒いねぇ〜。」
 「ホントホント、これって冬に逆戻りじゃん。」

そんなお喋り交わしつつ、
プラザを目指して歩き始めた女子高生風の二人連れが。
そんな会話をしていたにもかかわらず、
膝小僧丸出しのマイクロミニに、ショートブーツという恰好だったので。

 “…凄いなぁ。”

寒がって見せているのは周囲へのお付き合いだろか?
ボクなんて、アメフト始めたからか風邪こそ拾わなくなりはしたけど、

 「ふわ…っ。」

今度は吹き返しか、真っ向から吹き付けた風に、
またぞろ踏み出しかけてた足を、その場へ凍らせている瀬那だったりし。
体調管理には殊の外 気をつけろと、
鬼より怖い悪魔の主将から言われつけていたものだから。
まもりが口を出す隙さえないほど、
厳重な防寒に努めるようになりはしたものの。
いくら何でももうすぐ四月だってのに、
使い捨てカイロや イヤー・マフ&手套はなかろうと。
窓から見えてた眩しい陽気にほだされてのこと、
シャツとジーパンにセーターという屋内向けの姿の上へ、
ショートコートと襟元へ埋める恰好のマフラーだけの装備で出て来たのだが。
今は微妙に…早まったかなという気分になりかかってもいるところ。

 “プラザへ入っちゃえば暖かいよね。”

この空中回廊も、何百mもある訳じゃなし。
頑張って踏破しようと足元を速めて…

 “やっぱり寒いっ!”

普通の速足で進むつもりが、
再度の突風の気配を察知した途端。
どひゃあと飛び上がったそのまんま、
フィールドの上でもないってのに、
どぴゅんっと最速に間近いスピードで駆け出しており。

 「あ…。」
 「今のって、アイシールド21じゃない?」
 「デビルバッツの? 嘘、どこどこ?」

ウィンタースポーツみたいなものな上、
初参加も同然という大会で全国制覇しちゃったチーム。
随分と取材されたし、
ケーブルテレビではミニ番組まで常設していただいたせいだろう、
地元では一気に知名度が上がっている彼らでもあるのだが。

 「ね? どんな子なの?」
 「いや…えっと。」
 「顔とか姿とか、じっくり見たことないんだよね。」

フィールドの外では、
微妙な地味さが祟って…いやいや幸いしてか。
走りださねば見つかることはないというから穿ってる。
とんでもない速さでの走りは、それと同時に、
障害物を巧みに避けまくる勘にも優れており。
よって、誰ぞへぶつかっての迷惑をかけるということもないし、
それで足が停まってしまい、
周囲に居合わせた人らからワッと取り囲まれることもまずはないため。
そこにいることへ、

  ―― え? 嘘どこに居るって?見たい見たいvv

なんてな注目を浴びてる、一種の有名人的存在だという自覚、
この韋駄天ランニングバッカーさんにだけは、
なかなか染みついてはないらしい。


  そして、そんなだからこそ


待ち合わせは書店前のパティオみたいな広場の一角。
家から最寄り駅の間で、
引き返してマフラー替えよかどうしよか、さんざん悩んだお陰様、
乗る予定だった各駅電車、1本逃してしまっての15分の遅刻。
早めに来ちゃあダメよとの約束があったので、
ジャストを見越していたんだのにね。
ラッシュ時じゃあなかったんで、きっちり15分を遅刻しちゃったと、
いけないいけないと慌てつつ、
空からの陽射しが天蓋を透かして降りそそぐ、
明るいガレリオの中を駆けて駆けて辿り着いた広場には、

 「あ、……っ。///////」

待ち合わせのお相手も間違いなくいたけれど、
そんな彼への“先客”もあったようで。
待ち合わせの目印にもなるテーマツリー、
ここのはスズカケの木があるのを囲う、
縁石のレンガに腰掛けてるでもなく。
ブティックや書店のそれ、
漆喰塗りの小じゃれた壁に凭れてみるでもなく。
JRの駅から駆けて来るのだろ、待ち合わせ相手が来る方を向き、
毅然と立っていたらしき、コート姿の仁王様。
さんばらなカットの黒髪が、精悍な面差しへと いや映える、
ホワイトナイツが誇る、最強ラインバッカー・進清十郎さんであり。

 「〜〜〜でしょ?」
 「だから、ね? …ってことなのよぉ。」

そんな彼を立て看板のように無視してはないのだろ、
どう見たって彼へと笑顔を振り向けて、
楽しげに話している女子大生風の誰かさんたちがおり。

 “たまきさんのお知り合いかなぁ?”

進には女子大生の姉がいるので、
そちらの伝手の方々かしらと。
服装といいお化粧といい髪形といい、
今時の華やかな装いも決まってらっしゃる、
3、4人ほどの綺麗どころに、
取り囲まれている進であるのを眺めておれば。

 「…、小早川。」

筋肉で人を見分ける男が、
冬場もそれが通じる相手となると、
そこはさすがに限られているそうで。
そんな彼が、最も短期間でそのカテゴリーへと加えた存在。
どんな人込みの中にいようと、
まずは見落とすことがないというの、
どうしてなのかは…まだ不明なれど。

 「すまない、今、そちらを見ていなかった。」

なので、来ていた途上の段階では気づけなかったと。
あんまり表情は変わらぬままながら、
それでもさくさくと歩み寄って来る機敏さは、
誰を優先している彼かを能弁に物語っており。

 「あ、ちょっとぉ。」

これまでよほどに気を遣われて過ごして来たのか、
いきなり話半分で立ち去る存在というのが信じられぬらしい女性陣が。
そんな態度をきっぱりと見せた彼へ、
途端に咎めるような声になったものの。
呼び止められたのへ従った…にしては、
肩越しという片手間で振り返ったナンパ相手が、

 「何の勧誘かは知らぬが、要領を得ない話なので失礼する。」
 「な……。」

そんな返事をくっきりと寄越して来たのも、
恐らくは初めてだったに違いなく。
そのまま連れの腕を取り、さっさか立ち去った偉丈夫の姿、
ちょっと間 彼女らのトラウマになったらしいが…それはおいといて。

 『勧誘、ですか?』
 『うむ。
  居心地のいい紅茶屋や映画館を知っているから、同行しないかと。』

人を待っているので断ると告げたのだが、
聞いてはなかったものか、なかなか立ち去らなくて。

 『勧誘という仕事で、
  しかもノルマというものがあるのなら、
  執拗になっても まま仕方があるまい。』
 『…ははぁ。』

物凄い解釈があったものだと、
セナが感心しちゃったやりとりのその前に。

 「どうした?」
 「何がですか?」

約束したのはスポーツ店でのお買い物。
今年の新型のグローブやシューズが出ているらしいのでと、
それを一通り見てみようというお題目あっての待ち合わせであり。

 「どうしてそちらから声を掛けて来なかった。」
 「あ…えっと。////////」

どうしてだろうか、セナの胸元がきゅうっと絞まる。
微妙だった何か、曖昧だった想い、
そんな感じだったものを…いやに即妙に、
きちんとした形へと打ち直した上で、
真ん中逃さず すぱりと衝いたからだろう。

 「いやあの、ボクの方も着いたばっかりでしたから。」

見てなかったのならそれで通るかと思った、
間に合わせを言ってはみたが、

 「……。」
 「あの…。」

嘘をつくなと、真摯な眼差しが聞いており。
途端、視線が落ち着かなくなっての泳ぎまくるほどに、
根っからの馬鹿正直なセナだったのへ、

 「何へどう、遠慮をしたのかは知らぬが。」

周囲の雑踏が立てている、
結構なざわめきの中へも飲まれず滲まぬ、
芯のしっかとしたお声が告げたのは、

 「小早川から優先してもらえぬというのは、
  何とも寂しいものだな。」

 「…………え?////////」

あんまり判りやすくは笑わぬ人が、
仄かに目許をたわめると、口許へ上らせたのが小さな笑みで。
そんな言い回しも意外なら、
こんな微笑い方をした進さんだったのも、
もしかしたらば初めて見たセナだったのかも知れぬ。

 “うあ、あのあのあの、もしかして今日って…。”

いやいやいや、エイプリルフールはまだ少し先だし。
第一、そんな“演技”が出来るお人だろうか?
とはいえ、夢や幻にしては、
お〜い?と延べられて頬へ当てられた、
手の感触と温かさは進さんのに間違いなかったし。

 「ふや…。///////」
 「小早川?」

真っ赤になったお友達へ、
なんだどしたと今度はおでこへ手を当てる進さんだったりし。
桜庭から、もうちょっと判りやすくしないとと注意をされた。
セナくんはそりゃあ繊細で、
自分の我よりも人の気持ちを慮ってしまうよな子だから。
だから、お前のような鉄面皮が相手でも、
支障なくコミュニケーションが取れもするのだけれど。

 『なあ、例えばセナくんが嬉しいと微笑ってくれたら、
  こっちまで嬉しくならないか?』
 『…なるな。』

つまりはそういうことなんだと。
セナくんの側だって同じことで、
お前が笑えばサ、嬉しいって感じてくれるんじゃなかろうか。

 『セナくんの素直なところに癒されてんだろ?
  なら、たまにはそれへお返ししてやらないと。』

  だから。
  愛しい人への素直な気持ち、
  手放しで現れるままにしてみただけなのに。

 “…やはり、慣れぬことはしない方がいいのだろうか。”

とんでもない顔になってしまってて それで、
セナも面食らってしまったんじゃあなかろかと。
怖いものなしの白い騎士様、
今度こそ表情無くして…いやいや、
覗き込んだ少年のお顔に、何かしらの表情が戻っておくれと、
それはそれは切実なお顔で。
そりゃあ素直に、必死になっていたそうな。


  壊れ物でないのなら、
  いっそ抱きしめてしまうのにと……




  〜Fine〜 10.03.29.


  *新しいお題を始めましたvv
   まだ幾つかコンプリート出来てないけど、
   だってあのその。
   何だか過激だったり、微妙だったりするんだもん。
   (だもん て…。)
   不慣れな恋愛、微妙にレベルが上がってるようなので、
   どっか何か変な進さんが増えても、どうかご容赦を。


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